2016年1月27日水曜日

八甲田山死の彷徨とスキー

スキーの変遷を語るとき
避けて通れないことと思っています。

悲しい出来事の八甲田山死の彷徨。
ご存知の方も多いと思いますが、
また興味のある方はお調べ頂くとして、
ここでは詳しく触れませんが、

1902年(明治35年)1月23日、
青森歩兵第5連隊210名と
弘前歩兵第35連隊38名(1名民間人)が、
それぞれ別のルートで雪中行軍を開始し、
1月25日青森歩兵第5連隊199名が
雪の中で死亡、弘前歩兵第35連隊は、
無事行軍を完了しました。

この惨劇は、世界の国々にも伝えられ
1909年(明治42年)ノルウェー国王から
天皇陛下にスキー2台が進呈されました。

当時、日本にスキーは無く雪中行軍に
スキーがあればとの想いからでしょう。

これがきっかけで陸軍がスキー研究をするため
1911年(明治44年)にオーストリアから
レルヒ少佐を招き、新潟県高田の金谷山で
陸軍歩兵連隊の青年将校にスキー指導を行い、
日本のスキー発祥となるわけです。


スキー発祥の日1月12日に繋がるわけです。

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